カワサキ車の生まれ故郷を見学

ASTRIDERS & GreenMonsters
合同里帰りミーティング

明石海峡大橋を望む2台のセヴン

10月13日(金)

 「13日の金曜日に出発なんて不吉だなぁ…」などと考えながら荷物をまとめ、予定より1時間ほど遅い出発となった。東名高速の横浜町田ICまでは十数分。高速道路を先に進むにつれて小雨が降りだし、みるみるうちに路面はウェット。「仕方ない、次のサービスエリアで河童に変身だ!」と思っていたら、御殿場付近で雨があがり徐々に空が明るくなっていた。サービスエリアには止まらず、次の給油ポイントまで走行を続けることにした。

 牧ノ原SAでバイクと運転手の給油を一緒に済ませようと思ったら、SAが改修されていて、休憩所がGSの手前になっていた。先にGSに入ったため運転手の燃料補給は諦めて出発。「くそー、こうなったら昼食は浜名湖SAで豪華に『うな茶セット』にするぜー!」とか頭ン中で叫びながら走行すること約30分、浜名湖SAに到着。

 平日だからか浜名湖SAのレストランにすんなり入れた。さっきまで勢いに任せて『うな茶セット』を注文するつもりだったが、冷静になって考えるとココで出費(うな茶セットは\2,000也)するのはよろしくない。そこで、うな茶セットの半額で食べられる『う雑炊』なるものを注文した。雑炊の中にうなぎが入っていてコレがなかなかイケる。窓際の席でゆっくりくつろぎながら食事を済ませた。

 いつも約200km走行毎に給油することにしているので、遅れた時間を取り戻すためにトリップメーターが200kmギリギリを示すまで休憩なしで走ることにした。渋滞しているわけではないのだが、トラックが多くて、それを追い越そうとする車が非常に邪魔。思うようにペースが上がらない。

 ほぼ200kmを走行して養老SAで休憩していると、トラックの陰にパンダが隠れているのを発見。さっさと出て行ってくれないかなぁ?と思いながら様子を見ていたけど動く気配がないので、先に出発することにした。出口の手前にあるGSで給油して、本線に出ようとしたらさっきのパンダが後ろからやってきた。まさか、ヲレを狙ってた?!パンダを先に行かせて本線に出ると、パンダは赤灯を回しながらながらすごいスピードで小さくなっていった。ちゃんと制限速度守れよー。凸(- -;

 今夜は元7RRオーナーのぷりんさんちにお邪魔して一泊させてもらうことになっている。地図を確認すると、ぷりんさんちまではもう給油する必要がなく、時間にも余裕があることが判明。100kmほど走行して大津SAで小休憩を取ることにした。ここで一度ぷりんさんちに連絡を入れる。ぷりんさんはまだ仕事中で、家に居たとりちゃん(奥さま)に大津SAに居ることを伝えて出発。

 吹田ICをあやうく通り過ぎそうになり、焦りながらもなんとか料金所へ。料金を支払って右へ行くとすぐに合流になっていて、時間が悪かったらしく渋滞にハマる。車の流れに合わせていたら、危うく道を間違えそうになってしまう。未開の地で迷子になることは死を意味するのだ(嘘)。予めぷりんさんに教えていただいた道に出て、あとはまっすぐ進むだけになった。渋滞に巻き込まれながらもなんとかぷりんさんちに到着。駐車場にバイクを止めて、部屋にあがると、とりちゃんのお友達が遊びに来ていた。ぷりんさんはまだご帰宅でない様子。ぷりんさんのWebでツーレポ読むと、2人とも甘いモノが好きそうだったので、手土産に「栗どらやき」を持っていったんだけど、失敗したかなぁ?なんかとりちゃんすごいスリムになっていたのでダイエットしてたのかも?栗どらやきの食べすぎで太った!とか言われたらどうしよう(汗)

 お茶を飲みながらのんびりしているとぷりんさんが帰宅。仕事が片付いたので早めに帰って来たのだとか。いつもはもっと遅くまで働いているらしい。とりあえずお互い「お疲れ様っ!」ってことで缶ビールでカンパイ。ほんとウマイねぇ〜。(^-^)/□

 美味しい夕食もいただいて夜が更けてくると、こっちへ向かっているハズのしんさんのことが心配になってくる。仕事が終わってから出発すると聞いていたので遅くなるのはわかっていたけど、まったく連絡がないので少々不安。携帯電話に連絡してみても留守番電話につながるだけ。とにかく連絡するよう伝言を入れる。夜10時が過ぎたころ、やっと連絡があり一安心。無事にこちらに向かっているようである。しんさんは深夜1時に無事到着。翌日のことも考えず午前3時まで3人で酒を飲んでいたのであった。(^_^;

10月14日(土)

 まぶしい朝日で起床。ぷりんさんちは陽当たりがとてもいい。朝食までご馳走になった上、「僕には必要なくなったから」とお土産までもらってしまう。ぷりんさんに感謝。m(_'_)m

 明石へのルートを教えてもらって出発。途中でまたもや道を間違えそうになる。朝なら高速は空いているはずだ、と聞いていたのだが、運悪く道路工事のために途中から渋滞に(泣)。車の間を擦りぬけながら高速を降りて国道2号線に出る。しばらく走って海岸線に出ると正面に明石海峡大橋が見えてきた。とうとう来たゼ!

 明石大橋のすぐ側にある公園に入って橋をバックに記念撮影。以前、明石海峡大橋を渡ったときはSAにカメラのフィルムが売ってなくて悔しい思いをしたのだが、今日はちゃんとフィルムを入れてきたから大丈夫。しんさんの7Rと一緒に撮影を済ませてすぐに出発。もう集合時間ギリギリなのである(をい)。正面にカワサキのショールームが見えたのでココだ!と思ったら正面からどこかで見た黒い7Rが。いや、実際に見るのは初めてなのだが。めずらしいバイクなので、すぐに北海道から参加のyasuさんだとわかった。(^_^;

 カワサキライディングスクールの駐車場に入るとすでに大勢が集まっていた。しばらく待って全員が揃ったところで記念撮影。これだけの台数のZX-7が集まったのはココかサーキットくらいだろう。KCBM(*1)でもこんなに集まったのは見たことない。電網祭(*2)も越えたね!(^-^)v

(*1:「Kawasaki Coffee Break Meeting」 の略。主催はカワサキバイクマガジン)
(*2:「電網カワサキ乗り祭!」の略。カワサキ乗りの有志で開催したイベント。詳細は
コチラ)

 イベントのスタッフからスタッフTシャツを受け取りさっそく来てみる。σ(^_^)のランク(?)は「丁稚」かと思っていたら「若旦那」であった。σ(^_^;って若旦那ってイメージ?

 駐車場でしばらく待っていると川重の人が呼びに来た。歩いて工場に移動。まずは開発陣との質疑応答である。会議室(?)に入ると机の上にお弁当とお茶、お土産、工場見学で使用するレシーバーが用意されていた。席に着くと開発陣の紹介、食事をしながら工場の紹介ビデオ観賞、そして質疑応答となった。質疑応答はあらかじめWebで集めておいたものを順番に読み上げて回答していただき、不足があればその都度質問する形式とした。

 バリオス関係の質問事項は省略。(^_^;

 ZX-7関係の質問および回答は以下の通り。


【Webで受けた質問】

Q.'99からの黒フレームをアルミ地に戻す方法はあるのですか?
A.再塗装、もしくはバフ掛けするなどしてください。

Q.アッパーとアンダーのカウルの分割がレーサーと違うのは何故ですか。
A.製造方法の違いによるものです。素材を型に入れて整形するため、今のような形状でなければならない。特にアッパーカウル形状によるもの。

Q.7Rと7RRでフロントブレーキキャリパーが異なるのは何故でしょう
A.昔からレーサーにはニッシン製のものを使用していた。7RRにはレーサーのイメージを満たせるためニッシン製のキャリパーを、7Rにはコストパフォーマンスを重視してトキコ製を搭載した。

Q.ZX-7R/RRを国内で販売しなかったのはなぜ?
A.国内での販売を検討したが、前モデルで国内での需要が少なかったため、7R/RRの国内販売を見送った。結果的に全てフルパワーモデルとなって良かったのでは?また、登録はできないが、7RRのみ国内でも販売をおこなった。

Q.ZX-7RRのカラーリングが一度も変わらなかったのはどうしてですか。
A.レースで使用する際にはそれぞれのチームカラーに塗り替えてしまうためか、カラーリング変更の要望がなかった。

Q.’00の7Rのカラーラインナップから赤が外れたのはどうしてですか。
A.年ごとに人気が出るだろうと予想されるカラーを採用している。’00年は赤以外のカラーが売れると判断したため。

Q.’99モデルから7Rのフレームが黒になったのは、どうしてですか。
A.開発当時、レース車両に黒フレームが流行っていたため。また、デザインの上で引き締まったイメージにすることができる。

Q.7R/RRのOEMタイヤがD207でなくD204のままなのはどうしてですか。
A.タイヤを変更した場合、安全性を確認するために様々なテストを行わなければならず、費用と時間がかかるため。

Q.7R/7RRにバックトルクリミッターは装備されていますか?
A.エンジン開発者に問いあわせたところ、装備されているとのことです。

Q.7Rで一番売れた年式の色はなんですか。
A.年式は不明だが、やはりグリーンがもっとも多く販売されている。

Q.7Rの’00モデルのグラフィックは何をイメージしているのでしょうか。また、7RのRはレーシングを、7RRはリアルレーシングを表しているというのは本当ですか。
A.RRがリアルレーシングを表すかと言うのはわからないが、カワサキのレースモデルは昔からRが2つ付くことになっている。きちんとしたネーミングの由来については少し時間を下さい。

Q.7Rのグラブバーは9Rとかと同様の樹脂製を採用する予定はないのでしょうか。
A.多くのユーザーから要望があれば変更します。

Q.ZX−7RRのシートカウルはどうして紫色にしたのですか?
A.はっきりとはわからないが、当時の流行色が紫だったので採用したのではないかと思われる。タンクにシートカウル前端がかぶさる形になるため、この部分を強調するためにタンクとは異なる色とした。

Q.ZX−7RRのシングルシートは、どうしてシートストッパーから小物入れにアクセスできないようになっているのですか?
A.レースモデルと言うことで、積載性などは度外視して設計したため。また、コスト的な問題による。

Q.ZX−7Rが5年間一度もモデルチェンジをしなかったのはどうしてですか。
A.今年のスーパーバイクでの結果を見てもらえればわかるように、非常に高い性能を持っており、モデルチェンジの必要はないと考えた。また、今後のスーパーバイクのレギュレーション変更が不透明であるため、ニューモデルの投入に踏み切れない。

Q.ZX750P/Nタイプからリヤフェンダーが標準装備されなくなったのはなぜ?
A.開発当時はタイヤに風をあてて冷やすのが良いとされていた。また、該当モデルではリアフェンダーによる空力等の効果が得られなかった。さらに、リヤフェンダーを装着することで騒音が増すため。

Q.現在国内で登録されている7R/7RRは何台くらいあるのですか。
A.7Rが260台、RRが190台です。ただし、型式不明で登録されているものがどれくらいあるかが 掴めない。実数はもう少し多いと思われる。

Q.左側通行用ヘッドライトを何故右側通行用と同じ片側プロジェクターを採用しなかったのですか。
A.ヘッドライトの仕様は、各国の法律に基づいて決定している。左側通行の国仕様ではプロジェクターを採用できなかった。

【当日口頭での質問】

Q.もしスーパーバイクのレギュレーションが1000ccになった場合、750cc(ZX-7)の製造をやめてしまうのでしょうか?
A.他のレースで750ccと言う排気量が残るか、あるいはユーザーからの要望が多ければこれからも製造するだろう。今の段階ではなんとも言えない。

【その他】

現行モデルは7RRを開発してから7Rを作った。前モデルまでは逆。これは型番から判断することが出来る。(ZX750N,ZX750P等)


 質疑応答が終わると、2班に分かれて工場の見学を行うことになった。安全のための帽子とメガネ、レシーバーのイヤホンを装着するとかなり間抜けと言うか怪しいと言うか…。工場内はマイクロバスで移動。我々の班はエンジン組み立て工場から見学。入り口にはZRX1100のモノと思われるエンジンのカットモデルが置かれ、工場の説明が書かれていた。見学コースに添って進んで行きながら要所で説明を受ける。通路脇に無造作に置かれた箱の中には、どこかで見たようなクランクケースやらシリンダやらが並んでいた。箱には形式が書かれていて、ちょっと詳しい人なら何のモデルのパーツなのか判断できる。「あぁ、これは××のパーツだ!欲しい〜」なんて声が聞こえてくるが、まったく同感であった(をい)。しかし、残念なことに7R/RRのパーツはどこにも見当たらなかった。(T^T)

 建物の出口でchidaさん曰く「もっと外部から隔離したところで造っているのかと思っていたけど、こんな埃っぽいところで造っていたのには驚き。これで高性能エンジンを造ってしまうなんて凄い」とのこと。「さすがカワサキ」って感じ?(^_^;

 エンジン組み立て工場を出るとバスに乗り込み、車体組み立て工場へ移動。ココにも魅惑的なパーツがたくさん並んでいた。奥へ進むとコンベアでフレームがゆっくりと流れている。その脇にもフレームやスイングアームが整然と並んでいる。ラインの先へ進むと、どんどんバイクの形になっていくのが面白い。ラインの最後には組み上がったバイクが並べられ、検査を受けるのを待っている。まだ発表されていないカラーリングを施した車両などを見ることが出来て、ちょっと得した気分だ。電装系の検査が終わると小さな部屋に入ってミッションやブレーキ等の検査が行われていた。

 組み立てラインでは人為的なミスを避けるために様々な工夫をしているそうだ。作業員が間違ったパーツを取らないようにするとか、組み立てる順番を間違えないようになっているらしい。また、工場では余分なエンジンや車体を組み立てることはしないそうである。常に必要な分だけを造るのだそうだ。組み立てた車両は港の倉庫に一旦保管して、国内外に運ばれるのだそうである。


(写真提供:下山さん)

 最後に工場の一角にある小さなミュージアムを見学。歴代の市販車やレーサーなどが狭いスペースに並べられていた。数台は貸し出し中とのことで空きスペースがあった。後で某誌のインターモトの記事を見ると、ソコにそれらしい車両が写っていたので妙に納得した。

 一通り見学を終えて最初の会議室に戻ってくると、お弁当は片付けられて飲み物が用意されている。いたれりつくせりである。最後に工場の正門前で記念撮影をして工場見学を終えた。お世話していただいた川崎重工とKMJの皆様に深く感謝します。m(_'_)m

 工場見学を終えると宿へ移動。日帰りの参加者の方とはここでお別れになるのだが、地元民の下山さんは宿まで一緒にショートツーリングと洒落込む。宿に到着してしばしのんびり。まだまだ走り足りない人たちは、荷物を部屋に置いて走りに行った。(^_^;

 夕食はカニとエビが入った鍋。カセットコンロの火が弱くてなかなか煮えない。他のテーブルはすでに食べ始めていると言うのに…。ボンベを交換すると火力が強くなり、やっと食べ始めることができた、と思ったら他のテーブルでは食事を終えていた。

 宿泊棟に戻るとタカハシさんが遊びに来てくれていた。本来なら宿泊する予定だったのだが、仕事の都合で休みがとれず不参加となった。地元と言うことで仕事を終えてからわざわざ足を運んでくれたのである。さらに、参加者のためにたくさんのTシャツとブレーキパッドをプレゼントしてくれたのである。すごく感謝してます。m(_'_)m

 しばらくして二次会が開始。あらためてみんなで乾杯した後、自己紹介を兼ねたプレゼント交換会が開催された。みんなが持ち寄ったプレゼントをくじで引き当てるのである。引き当てた人は自己紹介をすることになる。しんさん(職業:歯医者さん)は不幸にも(?)ピンクのナース服(メイク付き(!))を引き当て、別室で看護婦さんに変身させられてしまったのだった。変身後の姿を見てみんな爆笑!ホントにおいしいなぁ。うらやましくないけど(笑)。ちなみにσ(^_^;は某大学の絵葉書と瓦煎餅であった。

 タカハシさんからいただいたTシャツは、工場見学でもらったZXRのキーホルダー(押すと走る)を使ったチキンレースによる争奪戦を行い、勝者に配られることになった。ルールはZXRを走らせてテーブルの端に一番近かった人が勝者となる。テーブルから落ちたら失格だ。参加者はかなり熱くなっていて、自分の記録を越えられると悔しがっていた。特に俺…君(笑)
今回のミーティングは、バリオスオーナーとZX−7オーナーと言う普段あまり交流のない者同士が集まることが心配だったけど、お酒を飲んでいるうちにお互いうち解けてきたようで正直「ホッ」とした。(^o^;

10月15日(日)

 σ(^_^;は2時くらいまで起きていたけど、他の連中はさっさと寝てしまっていたので「意外とおとなしいなぁ」なんて思っていたら、朝早くに「朝練」に行っていた。なるほどね。(^_^;

 朝食を済ませて出発の準備を整える。ZX−7オーナーは展望台へ登って記念撮影をすることなった。宿から少し離れた展望台で下山さん、まづいさんと合流。しかし、展望台の駐車場は狭いため場所を変える。少し下へ降りたところにある駐車場に移動。以前バイク屋に勤めていたと言うchidaさんが、みんなのバイクをキレイに並べてくれた。見事に一直線に並んでいるのでとても見栄えが良い。みんなのカメラで撮影を済ませた後、関東組(chidaさん、しんさん、σ(^_^))は帰りのルートを確認。土地勘がない我々を気遣って、まづいさんが名神高速の入り口まで先導してくれた。ほんとに助かりました。m(_'_)m

 最初の吹田SAに入って昼食&お土産購入&給油。次の給油ポイントを養老SAに決めてそれぞれのペースで走行。まずまずのペースで走行できるのだが雲行きが気になる。予報では関東は午後から雨らしい。みんな揃ってから少し休憩して出発。上郷SAの辺りからとうとう雨が降り始めた。すぐに止むことを祈ってそのまま走行したのだが、雨は強くなるばかりで止む気配はない。仕方なく近くのPAに入ると先に到着したchidaさんがカッパの用意をしていた。しんさんは最後までカッパを着ないでいた。もしかして持ってなかったのかな?最後に牧ノ原SAで集合して解散となった。いつも通り厚木IC付近で渋滞に巻き込まれたけど、なんとか無事に帰宅することができた。ふぅ。

 今回のミーティングでお世話になった皆様と参加してくださった皆様に感謝します。m(_'_)m


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